学校長挨拶

 このたびは、本校のHPを閲覧いただきありがとうございました。
 本校は明治42年、北甘楽郡女子実業講習所としてスタートいたしました。その後、時代の要請による変遷を経て、昭和24年群馬県立富岡東高等学校となり現在に至っております。その間、脈々と西毛地区の女子教育の発展に寄与して参りました。今年度創立109年目を迎える県内屈指の伝統校であります。
 この間卒業生は23,000名を超え、地域はもとより広く全国で活躍する人材を数多く輩出してまいりました。また、本校生徒のあいさつ、身だしなみ、心くばり、立ち居振る舞いなどは高く評価されており、地域から信頼されている名門高校であるとともに、地元では単に東高と呼ばれ親しまれ愛されて来ました。名前に「東」がつく学校は数多(あまた)ありますが、富岡東高校だから富東(とみひがし)とは呼ばず、東高と呼ばれるだけで十分である学校が本校であり、地元ではいわば固有名詞のようになっております。
本校は、来年(平成三十年)四月に現富岡高校と統合し、現富岡高校の校地に開校する男女共学の普通科の新高校、新「富岡高等学校」として生まれ変わります。そのため、長い歴史に一つの区切りをつけることになり、東高としてこの校地・校舎で学ぶのは今年が最後になりました。全国的にも珍しい一括統合という方式によって統合するため、現富岡高校、現富岡東高校の現1年生、現2年生は、来年四月に新「富岡高等学校」に同時に転学することになります。また、新「富岡高等学校」の初の入学者選抜が、平成三十年二月、三月に実施される予定です。

 東高の校歌をご存じでしょうか。このHPから音楽部の合唱による校歌を聞くことができますので、ぜひ聞いて欲しいと思います。私は、女子高生の美しい二部合唱で歌われる東高校歌は、聞く人に校歌というジャンルを超え、地域全体の歌のように感じられるのではないか思っております。なぜならば、甘楽富岡の自然とそこに暮らす人々の心根を結びつけ、「こうなりなさい」というような強い口調ではなく、むしろ「自信を持ってやってゆきなさい」と珠玉の言葉に思いを込めて私たちを励ましてくれるからです。事実、多くの機会にさまざまな場所で音楽部の生徒によって披露される本校の校歌を聞いて、涙ぐむ人さえおります。
 では、このすばらしい校歌の誕生秘話について本校100周年記念誌「百年の歩み」から昭和二十七年の新校歌の制定より抜粋し、以下にご紹介をさせていただきます。
【男女共学が実施されて特に男子生徒から「校歌制定」の希望がだされました。それまでの校歌は戦後ほとんど歌われなくなっており、「新校歌」を熱望する声は急速に高まっていました。当時の校長遠藤恒信は次のよう回想しています。「着任二年目だろうか、是非校歌がほしいとの声が起こって来た。僕も大賛成だが、それは慎重にやらねばならない。長くその学校の教育に大きな影響を与えるから。熟議の結果作詞は、高村光太郎、佐藤春夫両先生に絞られてきた。当時高村先生は、岩手の山中に疎開中だったので佐藤先生に依頼することになった、が、果たしてお引き受けくださるかが心配だった。小石川のお宅を訪ねて懇願したところ快諾されたのでとてもうれしかった。」
この年、作詞のため詩人佐藤春夫先生は夫人同伴で二度来校しています。歌詞に読まれている「小松の園」は、作法室から眺められる純日本風の庭園でした。また、佐藤氏は自動車で妙義の山容や鏑の清流に接し、その風光の美しさも詠んでおり、職員室にかけてあった「質実剛健」と書かれた額にも目をとめられ、上毛人(かみつけびと)の性格をその額より詠んだのです。「文学について」と題した佐藤春夫氏の講演会も実施されました。作曲は当時新進気鋭の芥川也寸志氏に依頼し、十一月二十一日に校歌発表会が盛大に行われました。武蔵野音楽大学教授の大藪きみ子氏による直接の指導が行われています。】
本校の校歌は、作詞:佐藤春夫、作曲:芥川也寸志というまさに歴史上の人物によるものなのです。歌詞の三番に「人品雅致」という言葉があります。これは「ひとがらすぐれふぜいあり」と読まれ、歌われます。これが東高の第一の教育目標となり、本校の素晴らしい校風の源になっています。
関連して、創立七十周年記念誌の「発刊に寄せて」より時の校長池田秀夫先生が残された言葉も抜粋してご紹介させていただきます。
【鏑川流域を中心に、おそらく数千年間は、ほとんど変わらぬ自然環境のもとに生きてきた人々の心は、ひときわ美しいものです。人を愛し、敬い、信じ合い、しかも心身ともに何事にも耐えるたくましさと、女性らしさを育んできた本校の伝統的校風は、これからも末永く引き継がれていくことを信じています。】
この素晴らしい校歌は、新高校である新「富岡高校」の愛唱歌として歌い継がれることが決まっており、また、第一番目の教育目標が「人品雅致」(読み方は、「じんぴんがち」)になりました。上記にあるよう「本校の伝統的校風は、これからも末永く引き継がれていく。」このことを多くの人達が願っていることでしょう。
 
私自身、第三十八代校長として昨年東高に赴任以来、一日一日本校での時間を重ねるにつれて、この長い歴史のある、また、「人品(ひとがら)すぐれ雅致(ふぜい)あり」の学校目標の下その校風を全国に誇れる富岡東高等学校というすばらしい学校が、今年限りになってしまったのか、と思わない日はありません。また、多くの方々が「悲しい」「寂しい」「残念だ」という感情が沸き上がって来るのを抑えることができないでしょう。
 しかし、同時に、今ならできる、今しなくてはならない正しい選択をしたのだと自らに言い聞かせながら、今を生きる高校生、そして果てしない未来の待つこれからの子供達のために、前を向き、富岡東高校の良き伝統を引き継いだ新高校作りのため最大限の努力をしてゆくことが、私たち大人に課せられた責務であることを忘れてはなりません。
時代の大きな転換点に立って、とまどう時は、長い歴史を眺めて、そういった時間軸の視点を持って考えることが大切だ、と思われます。
明治四十二年の北甘楽郡女子実業講習所から、今日(こんにち)の群馬県立富岡東高等学校に至るまで、明治、大正、昭和、平成と、まさに日本の歴史の激動期の中、本校がどのような軌跡を歩んで来たのかを「百年の歩み」長い時間軸の視点で俯瞰してみますと、今日に引き継がれる「脈々としたもの」、いわば学校の伝統に直結する「何か」を感じ取ることができます。
東高生には、今なお高校生としての本分である勉強や部活動に真摯に打ち込む姿を見ることが出来ます。また、あいさつ、身だしなみを含む行動規範などが高く評価され、それが学校の信頼に繋がっています。
 また、109年の歴史からみれば、ついこの間のような、ここ三、四十年間の歩を振り返って見ても、教師が情熱を持って職務に励み、生徒がそれに良く答えて努力し、結果として全国に「富東あり」というような活躍を示し、数多くの実績を上げて来たことが分かります。それがまた、母校愛を育み、全国に誇れる校風の源にもなった訳であります。
 長い本校の歴史をひもといて感じ取れたもの、それは、時代が変わり学校の有り様が変わっても、その時どきの教師の指導の下、その時どきの生徒達が、さまざまな活動に一生懸命に青春をぶつけて来た、という事実でありました。それが、長い時間の中でも「変わらなかった」、「失われなかった」ということ、それが富岡東高校の一番優れた核心ではないか、ということに思いが至りました。多くの学校は、それぞれの時代の中で、変貌してしまったからです。東高は、「変わらなかった」「失われなかった」これこそ名門と言われる証(あかし)でありましょう。

 今年は、第25回「松桜祭」が富岡東高校最後の文化祭として開催されました。「Bridge to the next stage〜109のありがとうを込めて〜」のテーマのもと前日6月9日には冨岡高校の全生徒職員が見学に来校し、一般公開の翌10日土曜日には2000名近くの来場者を迎え、最後を飾るにふさわしい盛大かつ生徒の心に残るすばらしい文化祭となりました。
 さて、そういった松桜祭などの機会に多くのOGの方々にお会いする事がありましたが、「今、本校は、1学年3クラス、全校9クラスの小規模校なのですよ」という私の説明に皆一様に驚かれ、「私たちの頃は1クラス50名で1学年7クラスでしたよ」と往時を懐かしく語られます。しかし、私はこの小規模校となった東高の底力を昨年から本年にかけて強く実感いたしました。今年の卒業生の国公立大学18名を含む進学実績もすばらしいものがありました。また、部活導では、どの部も往時に比べれば遙かに部員は少なくなってしまいましたが、それにもかかわらず県総体では、ハンドボールの優勝(5連覇)をはじめ、陸上競技部が3種目で優勝し、さらにわずか5人で長い冬の練習を乗り切ってきた新体操部の3位入賞・関東大会への出場、また、音楽部も県コンクール銀賞となり関東大会への切符をもぎ取りました。ある他校の関係者の方が「恐るべし富東」とおっしゃっていました。これが、本校のように、まじめに、ひたすらに、ただただ努力をする、そういうことができる素直な生徒が大勢在籍している学校の真のすばらしさなのです。これこそが富岡東高校が全国に誇れる校風を持った学校である証であります。「このような学校は、おそらく今の日本にいくつも無い、まさに、たぐいまれな学校である」と確信を持って言える、と、このごろ強く感じます。
 特に、同窓生の皆様、地域の皆様にとっては、この地から富岡東高校が無くなることは、本当に寂しいことでしょう。いや、それ以外の方々でも、特に富岡市民の皆様には、こんなに素晴らしい学校がこの地から無くなることに寂しさを感じない人はいないでしょう。しかし、これもこの生徒激減期、少子高齢化時代にあって、先ほど申し述べた実績も最後の輝きでもあると思います。この輝きを新「富岡高校」へ生徒達の手で引き継いでいってくれること、最後の松桜際の後夜祭で見せてくれた乙女達ちのパワーから確信をいたしました。
 多くの関係者の皆様には、引き続き忙しい学生生活を送る生徒達の支えとなっていただき、最後まで本校への温かいご支援とご協力をいただけますようお願い申し上げます。

 最後に、高校を目指す中学生の皆さん、新「富岡高校」は、両校のすばらしい伝統を引き継いだ、県内でも最大規模の共学の普通科進学校になります。ぜひ、新「富岡高校」で共に新高校作りの一翼を担う気概をもって、学び合う仲間となってください。皆さんが、新「富岡高校」を目指してくれることを大いに期待し、あいさつとさせていただきます。


平成二十九年九月吉日
群馬県立富岡東高等学校
校長 吉田 慎一郎